【弁護士監修】労働法の基礎知識:企業が知っておくべき義務とリスク管理手法

【記事監修】:弁護士 市川知明
【所属事務所】弁護士法人エースパートナー法律事務所 

労働法の基本概念と企業の義務とは

労働法という名前の法律は存在しません。
労働法とは、労働契約法、労働基準法をはじめ、労働組合法、男女雇用機会均等法、労働者災害補償保険法など、使用者(団体)と労働者(団体)の関係を規律する法律全般をいいます。
このページでは、労働法の基本概念や、企業の義務についてご紹介します。

労働法の概要と適用範囲

民法上、雇用契約は当事者のいずれからでも解約できると定められており、本来的には、労働者と使用者の関係は対等な契約関係にあるはずです。
しかし、一般的に使用者は労働者よりも力が強くなりがちなので、労働法は、「労働者の地位の向上」を図るべきと考え、民法を修正して保護のための規定を数多く置いています。

労働契約法は、労働者と使用者の合意によって労働契約が締結され、その内容が決まることを通じて、労働者の保護を図ることを目的としています。
具体的には、就業規則によって労働契約の内容を決める場合や、労働契約の内容を変更する際の要件、解雇の要件など、労働契約に関することを定めています。

労働基準法は、労働者の労働条件のうち最低限遵守されるべき事項を定めており、これに反する労働契約上の内容は無効となります。

では、労働法は誰に適用されるのでしょうか。

この点、労働契約法・労働基準法・労働組合法は、労働者と使用者の間で適用される法律であるところ、法律ごとに、「労働者」と「使用者」の定義が異なります。
そして、労働法の適用があるかどうかは、形式的にどのような名前の契約になっているのかではなく、実質的に労働法が適用される契約内容になっているのかどうかで判断されます。

基本的には、「労働者」とは、使用(指揮監督下で労働)されており、賃金が支払われている者をいい、「使用者」とは、労働者に対して賃金を支払う者をいいます。

企業の主要な労働法義務

労働契約によって、労働者は、権利として賃金請求権、義務として誠実労働義務や、秘密保持義務・競業避止義務を負う一方、企業は以下のような労働法上の義務を負います。

労働法上、企業は、最も重要な義務として、賃金支払い義務を負い、付随的な義務として職場環境配慮義務安全配慮義務を負います。
単に労働に対する賃金を正確に支払っていればよいのではなく、働きやすい環境で働く利益に配慮して、例えばパワハラやセクハラが生じないよう配慮することが求められています。

労働法違反のリスクと影響について

労働契約法には、違反に対する罰則が定められていません。
これは、労働契約法は、労働契約に関するルールを定めるもので、違反があった場合、労働契約の変更や解雇が無効になるという効果を有するにとどまることを意味します。

一方で、労働基準法には、違反する労働契約上の条件が無効になるだけではなく、違反に対する罰則規定が定められています。

労働者からの訴訟や紛争のリスク

例えば、労働者に支払うべき賃金を支払っていない場合、労働者から未払い賃金の支払い請求がなされる場合があります。
賃金は1分単位で発生すること、法定の時間外に労働させる場合には、時間外の割増賃金を支払う必要があることに注意が必要です。

また、労働契約法上、労働者に対する解雇は客観的に合理的な理由や、社会通念上の相当性が求められるところ、これを欠くと解雇権の濫用として解雇が無効となり、労働契約上の地位の確認及び、働けなかった期間の賃金の支払いを求められることになります。

いずれにせよ、労働者が上記のような請求をするために、会社を相手として訴訟を提起すると、会社としては応訴せざるを得ず訴訟の対応を行わなければなりません。

訴訟においては、専門的な手続きを適切に行う必要があるため、費用や時間を要します。
そのため、訴訟・紛争に発展しないように適切に労務管理を行うことが求められます。

法的制裁や罰金の可能性

労働基準法に反した場合には、従業員からの損害賠償請求がなされるだけではなく、刑事責任に問われる可能性があります。

労働基準法に反している疑いが生じると、労働基準監督署によって調査が行われます。
なお、この調査を拒むと30万円以下の罰金に科されます。
そして、違法があると認められる場合、是正の勧告がなされ、これに応じなければ刑事手続きに移行します。

科される罰則は、違反した条項によって異なりますが、代表的なものとして、以下が挙げられます。

法定時間を超える労働

1日8時間、1週間40時間を超える労働は原則として法定時間外労働として違反の対象となります。
また、36協定を締結したうえで、月45時間、年360時間を超える時間外労働をさせた場合にも同様です。
これらの場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に科せられます。

休日をとらせない

労働者には週に1回(又は、4週間に4回)の休日を与える必要があり、これを与えないと、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に科せられます。

就業規則の未作成・届出違反

一定の規模の会社には、就業規則の作成と届出が求められています。
就業規則を作成することが義務付けられている会社であるにもかかわらず、これを作成せず、また、届出を怠った場合には、30万円以下の罰金が科せられます。

労働法コンプライアンスのための手法

労働法コンプライアンスは、企業の成長、レピュテーションの向上にとって極めて重要なことは、いうまでもありません。
このページでは、労働法コンプライアンスの手法についてご紹介します。

法的アドバイスの利用と労働法専門家の活用

労働法コンプライアンスのためには、まず労働法に対する適切な理解が必要となり、そのうえで、コンプライアンスのための仕組みを構築し適切に運営し続けることこれを評価し改良していくことが必要となりますが、労働法の専門家ではない経営陣のみによってこれを行うことは極めて困難といえます。

労働法の専門家である弁護士などの法的アドバイスを受けて、あるいは労働法専門家を社外取締役に置くなどして上記のような手法を適切に実行することが必要となります。

内部ポリシーの策定と実施

内部ポリシー、すなわち、コンプライアンスのための内部のルールやシステムを構築して、これを実施することが、法令遵守の基本となります。

内部ポリシー、あるいは内部統制システムとは、コンプライアンス違反が生じないように内部で管理する体制で、違法の可能性を見つけだす仕組みを作り可能性を発見したらこれを上部へ報告するなどの体制をいいます。

さらに、これが適切に実施されているのかどうかを監視することで、構築に留まらず有効に機能し続ける制度を作り上げることが重要となります。

内部統制システムを構築する際には、弁護士などの専門家の意見を聞きつつ、穴のない盤石なものを作り上げることが当然ながら重要となります。

従業員教育と意識向上の取り組み

コンプライアンス、すなわち、法令を遵守するのは、会社の中で流動的に活動している従業員一人一人であり、構築された内部統制システムの下で活動するのも、これを監督して実施するのも、全て業務に従事している一人一人の従業員ということになります。

そこで、コンプライアンスに対する理解を深めるべく、従業員のみならず、役員を対象としたコンプライアンス研修を実施するなど、従業員の意識向上に努めることが極めて重要となります。

コンプライアンスの重要性を認識することと、コンプライアンスのために必要なことを認識することは全く異なり、また、この点に関しては、専門家である弁護士などの意見を聞かないと理解が難しいところです。

労働法リスク管理のベストプラクティス

労働法上、使用者には労働者に対する安全配慮義務ないし、職場環境配慮義務を負っています。
そのため、労働をするうえでの危険性・有害性に関するリスクを適切に管理しなければなりません。
リスク管理を怠ると労働災害が発生し、労働者が損害を受ける可能性があり、それによって使用者にも責任があるとして損害が生じるおそれがあるためです。

ここでは、労働法リスクの管理のベストプラクティスについてご紹介します。

リスク軽減策の立案と実施

労働者に負傷や疾病をもたらす物・状況のことを危険性・有害性といいます。
使用者はこれを適切に管理して労働災害が生じないように配慮することが必要となります。

そこで、まずは、危険性や有害性ごとに生じ得る負傷や疾病の重篤度・発生する可能性の度合いを検討して、どの程度のリスクなのかを見積もります。
見積もりをしたら、これらのリスク低減のための優先度を設定して、リスク軽減策の立案を行います。

これらのリスクの優先度の設定や、立案された内容にしたがってリスク軽減策を実施していくことになります。

リスクモニタリングと報告

労働法リスクに対して現在確認できているリスク軽減策の立案・実施をするだけではなく、最初に設定したリスク対策が有効性を失わずに効果を発揮し続けているかどうか監視する、リスクモニタリングも行うことが重要となります。

予期せぬ外的要因によって既存のリスク軽減策ではカバーしきれなくなった場合や、見落としによるカバーされていないリスクがあった場合などがあるため、リスクモニタリングは必須となります。

ここで、どのような内部の体制を作れば、取締役会がリスクモニタリングを行うことができるのかなど、リスクモニタリングを誰がどのように行うのかを検討することが求められます。

一連の労働法リスクの管理に際しては、専門家である弁護士の意見を聞きながら進めることが重要となります。

労働法の変更への対応とアップデート

近年、働き方改革関連法案による一連の労働法改正もあり、対応を余儀なくされている企業も少なくないでしょう。

働き方改革関連法は、2018年6月に成立した法律です。
これにより労働基準法、労働安全衛生法、パートタイム・有期雇用労働法、雇用保険法、労働者派遣法、育児・介護休業法、健康保険法、厚生年金保険法、国民年金法などが改正されました。

改正された主な内容は、以下の通りです。

  • 時間外労働の上限規制の強化(原則月45時間、年360時間)
  • 年次有給休暇の取得促進(年10日以上の有給休暇を付与する労働者に対して、年5日は時季を指定して取得させることを義務化)
  • 高度プロフェッショナル制度の導入(高度の専門的知識等を有し、職務の範囲が明確で一定の年収要件を満たす労働者を対象として、労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定を適用しない制度)
  • 産業医の配置義務の拡大(従業員50人以上の事業所に産業医を配置することを義務化)
  • 長時間労働者に対する面接指導の強化
  • パートタイム・有期雇用労働者の処遇の改善(同一労働同一賃金の原則の導入、昇進・昇格の機会の付与、正社員との均衡待遇の確保)
  • 育児・介護休業法の改正(育児休業給付の支給期間の延長、介護休暇の取得要件の緩和)

これらの改正により、労働者の長時間労働の是正年次有給休暇の取得促進パートタイム・有期雇用労働者の処遇の改善などが図られることが期待されています。

以上のように、労働法は目まぐるしい変化を遂げています。

社会の変化、ビジネス環境の変動、それに伴う労働環境の変化、働き方の変遷など、新たな社会に適応するためのルール設計や問題点の解決策の実施などに取り組んでいく必要があります。

新型コロナウイルス感染症によって拡大したテレワークも一例といえます。

近年では、SDGsが注目を集め、デジタルトランスフォーメーション(DX)の導入が変容するビジネス環境の中で生き残るために必須とされています。

ルールの構築が置いて行かれるほど目まぐるしい成長をとげるAI技術が、社会に及ぼす影響、働き方に与える影響も大きいと予想されます。
こういった社会の変化に対応する労働法に、企業はアンテナを張って対応し続けなければなりません。

【まとめ】労働法に関することでお悩みの方は弁護士へ相談しましょう

労働法は、会社が労働契約を締結して、その指揮監督の下で労働をさせる以上は、遵守を余儀なくされる法律群であり、その法律の量や、先例は莫大な量に及びます。

また、労働法の内容は複雑である上、社会の変化に伴ってアップグレードされていくものなので、ひと時の対応で完結するものではなく、長期的・継続的に対応していかなければならないものとなります。

企業が事業活動を行う中で、労働法を遵守していくため、経営者が知恵を出すのではなく、専門家である弁護士に依頼をすることで、経営の効率が上がり、労働法を遵守することが期待できます。

【監修者】:弁護士 市川 知明
【所属事務所】:弁護士法人エースパートナー法律事務所